どうなってんの? マントル細胞リンパ腫闘病記

2015年3月。脾臓の腫れから発覚した悪性リンパ腫。脾臓摘出・生検の結果、判明した病型はとりわけ手ごわいといわれ、 標準治療も定まっていないマントル細胞リンパ腫(MCL)だった…。 自覚症状のなさと医師のシビアすぎる診断とのギャップに頭の中はチンプンカンプン。いったい全体わたしの身体どうなってんの? MCLと闘う50代オバさんの記録です。

 

冬の花火

 

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しばらく間が開きましたが闘病記を続けます。

◆2015年12月11日(金)
東京はすごい雨だ。かと思えば突然雲が切れて流れて青天に。

思えば今回の入院は、今日の天気のようにドラマチックな展開だった。
初日は幹細胞が採れず、カテーテルを抜去したあと血が止まらず一晩仰臥位安静に。二日目は脱血異常のため途中で採取中止。そして、三日目にして移植可能な量がポンと採れた。3クールの2回と合わせて通算5回の採取。そして高熱で採取には至らなかったが4クールでもG-CSFは大量投与されていた。まさに試行錯誤の連続。この病院でなかったら、M先生が主治医でなかったら、採取は到底不可能だっただろう。

さて、幹細胞は採れたが、まだ血球が落ち着いてないので、それを待って退院になる。輸液(ラクテック)も今日で終了だ。
夕方、隣の病室のHさん(同じ時期に自家移植を行う予定)とおしゃべりをしていたら、M先生がやってきた。平身低頭でお礼を言うと、先生は笑顔で
「ノイトロジンで熱が出なくて、体が楽そうだったよね」と患者目線のコメント。さらに明後日13日(日)退院が決まったことと、その後の詳しいスケジュールを説明してくれた。自家移植は年明け1月中旬。移植に向けて来週17日に検査を色々行う。採血採尿、心電図、移植オリエンテーション、レントゲン。そして治療中血糖値が爆上がりしたのを心配したM先生は栄養指導をスケジュールに入れてくれていた。
「17日は忙しくなるけど、しっかりこなして来てね」とのことだった。

テキパキと説明を終えて病室を去っていくM先生。その後ろ姿に同室のUさんはなんと投げキッスをして見送っていた。そして
「いいなぁ~、あなたの主治医はサワヤカで、説明がわかりやすくて」羨ましそうにそう言って、Uさんはちょっと顔を曇らせた。

◆2015年12月12日(土)
土日の病棟は静かだ。面会の人もたくさんやって来るが、たいていは病室に長居せず、患者と一緒にカフェか19階のレストランへ行ってしまう。検査や診察もほとんどないので看護師さんの人数も少ない。わたしのいる4人部屋も患者二人はどこかへ出かけていて、Uさんと二人きりだ。外は穏やかないい天気で、窓から見える鮮魚市場の上空にはカモメが群れて飛び回っていた。

f:id:ABOBA:20200325191455j:plainS口さん、明日の退院を祝って乾杯しよう。Uさんはそう言って冷蔵庫から築地定松のジュースを2本取り出してきた。コロンとしたみかん形の瓶に入って、見るからに美味しそうだ。お礼を言って蓋を開け、乾杯する。ひと口飲むと濃厚でまろやかなみかんの味がひろがった。一気に飲み干すのが惜しくて、少しづつ味わいながら飲んだ。

Uさんは同様自家移植のため少し前に幹細胞採取にチャレンジしたが採れなかった。わたしと同じプア・モビライザーだ。後日採取の予定にはなっているが、年末でスケジュールがなかなか決まらないらしく、その説明も十分になされないことにUさんは苛立っている様子だ。

Uさんの主治医はほとんど病室に現れない。他の医師はどんなに忙しくてもほぼ毎日患者の様子を見に来るのに。朝の回診でも一番後ろにいて、Uさんに声をかけずにそのまま帰っていくのをわたしはいつも不思議な思いで見ていた。

検査結果や今後の治療については副担当医の先生二人がバラバラにやってきて、それぞれ違うこと言うらしい。説明を受けても理解できない、とUさんは言う。思わず
「それって…主治医不在ってことじゃないんですかね」と言うと、そうね、とUさんは否定しなかった。
主治医の先生に掛け合ってもう一度きっちり説明してもらったら、とか「がん相談支援センター」で相談してみたら、とか思いついたことを色々言ってはみたが、Uさんの心にはなかなか響かず。わたしもそれほど引き出しがあるわけでもなく、話はそこで尽きてしまった。昨夜UさんがM先生の後ろ姿に投げキッスして見送っていたことを思い出し、わたしはなんとも言えない気持ちになった。

その日の夕方、体温を測りに来た看護師さんが
「今夜はお台場の花火がありますよ」と言う。『お台場レインボー花火』といって12月の土曜日、19時から10分程度花火が上がるそうだ。夏にも無菌室から東京湾大華火祭を間近に見物したが、今回は打ち上げ場所がレインボーブリッジ近くなので、結構距離がある。
同室の人たちに「まるで退院祝いみたいね」と言われつつ、階段そばの窓際へ。たくさんの患者や家族がやってきて、歓声を上げながら観覧した。10分間はあっという間だったが、冬の花火は澄んだ寒空に映えて、くっきりと美しかった。

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◆2015年12月13日(日)
退院の日。朝いちばんに無菌室にいるNさんがマスクをして駆けつけて来てくれた。翌週の外来のときには白血球も上がっているだろうから、院内でお茶でもしましょうと約束。NさんやUさんに見送られて、病院を後にした。

帰り道は「いい旅だったな」みたいな、ちょっと感傷的な気分だ。しかし、実はやっと自家移植のスタートラインに立てただけに過ぎない。冒険旅行はまだ続く。



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