どうなってんの? マントル細胞リンパ腫闘病記

2015年3月。脾臓の腫れから発覚した悪性リンパ腫。脾臓摘出・生検の結果、判明した病型はとりわけ手ごわいといわれ、 標準治療も定まっていないマントル細胞リンパ腫(MCL)だった…。 自覚症状のなさと医師のシビアすぎる診断とのギャップに頭の中はチンプンカンプン。いったい全体わたしの身体どうなってんの? MCLと闘う50代オバさんの記録です。

 

流血事件!?/day4 幹細胞採取1日目


◆2015年12月8日(火) day4 幹細胞採取1日目(通算3回目)
予定通り朝早くにシャワーを浴び、朝食を済ませ、9:10にIVRセンターへ向かう。病室を出るときにUさんがわたしの手を取り、激励してくれた。なんだかジンと来た。IVRで鼠径部にカテーテルを入れてもらい、車椅子で採取室へ。
今回入れたカテーテルは、マルチルーメンといって管の中が2つ(もしくは3つ)に分かれているもの。透析などで使われる、結構太いカテーテルで、脱血と返血を1本で行うらしい。

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採取室に行くと、今回もI先生が待っていた。そしてまたしてもお昼ご飯抜きで付き添ってくれるのだった。採取中はずっとパソコンに向かって仕事をしたり携帯を受けたりしていて、わたしと雑談することはないのだが、席を外すことはまったくない。ドクターが一人付き添うルールなのか、何かあったら対応するためにずっと採取室で待機してくれているのだ。

3クールの採取のときと違うのは、今回紙オムツをつけたこと。抵抗がないといえば嘘になるが、採取中はトイレに行けないので、いざというときのことを考えると安心できる。まぁ結局、ギリギリ我慢できたので、オムツを使うことはなかったのだが。

採取は3時間半で終了。2時頃車椅子で病室に戻る。鼠径部に入れた太いカテーテルは感染防止のため毎日入れ替えだ。I先生が抜去してくれて、看護師さんに圧迫止血を指示してして帰って行った。
看護師さんとおしゃべりしていたら、たっぷり30分が経ち、血は止まったようだったので止血終了。

しかし、事件はその後起きた。

f:id:ABOBA:20200208190412g:plain4時間以上トイレを我慢していたので膀胱はパンパン、早くトイレに行こうと紙オムツを外してパジャマに着替えようとしたら… なにか違和感が。ふと足元を見ると、なんと血だまりが出来ているではないか。こりゃ大変だ!

あわてて看護師さんを呼び戻すと、看護師さんはすぐドクターに連絡。イケメンドクターのY先生が急ぎ足でやってきた。Y先生は患部を確認して看護師さんにテキパキ指示を出し、自ら鼠径部を圧迫止血。言っておきますが、わたくし下半身はすっぽんぽん状態です(さすがにタオルなどで隠してはいるものの)。ドクターはこういうことに慣れているだろうし、コミュニケーション良好なY先生のこと、患者を恥ずかしがらせないよう、うまく世間話や治療の話などをしながら30分圧迫止血してくれたのだった。ありがたいやら申し訳ないやら、内心ひたすら冷や汗の30分間だった。

やっと止血が完了すると、ベッドから起き上がらないように、と指示があった。なんと今夜一晩立ち上がってはいけないらしい。とにかく尿意が限界であることを看護師さんに告げると、すぐに尿カテーテルが入れられた。トイレに行く必要はなくなったが、今夜一晩はベッドに寝たまま、ヘッドアップも少しだけで、食事や歯磨きは首だけ起こすような形で済まさねばならない。心配していた発熱もなく体調はまったく悪くないが、なんだかえらいことになってきたなぁ。

あとから聞いた話だが、なかなか止血ができなかったのは血小板が少ないからではない(骨髄抑制はとっくに終わっていて、この時血小板はそれなりに戻っていた)。G-CSFの投与で白血球が多くなる(前日で5万超えだった)と、血が止まりにくい原因になるらしい。

夕方遅くM先生とY先生が今日の採取量を知らせに来てくれたので、横になったまま話を聞く。
「今日はちょびっとしか採れてなかったよ。0.16」とM先生。
なんと、0.16!前々回が0.3、前回が0.5なので、これまでで一番少ない。全部合わせても0.96だ。まだ最低量の1にも満たない。
M先生とY先生が退室した後、横になったままわたしはぼんやり考えた。やはりG-CSF単剤でもダメなのか。自家移植は無理なのか――。

と、M先生が病室に戻ってきて
「ちょっと血管見せてね」と言ってわたしの前腕をとった。血管を探すM先生に腕をモチモチ触られながら、わたしにはなんとなくM先生が話をしに来てくれたような気がしていた。
「これなら腕から取れるな」とつぶやいてわたしの腕を離すと、先生は出窓に浅くもたれ掛かり、『さぁ、何か言いたいことがあるならどうぞ』そんな感じでゆったり腕を組んだ。

「ここまでやっていただいて、採れないのは情けないです」
わたしは夜景に目をやりながらそう言った。情けないとは言っても自分の努力次第でどうにかなる問題ではないのだが、さすがに少々弱気になっていた。M先生は

・今夜と明日朝ノイトロジンを打って、明日の血液検査で幹細胞が出ていれば採取。出ていなければ中止。
・少ない量で移植すると、移植不全を起こして臍帯血移植をしなけれびならない場合もある。現在、病気がコントロールできているので、十分な量が採れない場合は無理に移植をしないほうが良い
・採取は金曜日まで予約をしている。金曜日までやることはないと思うが…

そして、

まだチャンスはある

静かにそう言うと、M先生は病室を出ていった。話の内容はシビアだったが、とどのつまり、《諦めるな》先生はそう言っているのだ。

行けるとこまで行くしかない。

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真夜中、ベッドに横になったまま観た夜景



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