どうなってんの? マントル細胞リンパ腫闘病記

2015年3月。脾臓の腫れから発覚した悪性リンパ腫。脾臓摘出・生検の結果、判明した病型はとりわけ手ごわいといわれ、 標準治療も定まっていないマントル細胞リンパ腫(MCL)だった…。 自覚症状のなさと医師のシビアすぎる診断とのギャップに頭の中はチンプンカンプン。いったい全体わたしの身体どうなってんの? MCLと闘う50代オバさんの記録です。

 

治療の壁

 

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◆2015年10月22日(木) 4コース/day10
昨日白血球が1,500になったと思ったら、今日は100に急降下!強い骨髄抑制だ。すぐにアイソレーター(簡易無菌室)がベッドに取り付けられた。一瞬ホームレスのビニールテントが頭に浮かんだが、高貴な人の天蓋ベッドで脳内上書きした。
頭側のパネルは大きなフィルターになっていて空気感染を予防するのだが、なかなかの轟音がする。一日中、音は夜中も途切れない。同室の患者さんたちに「うるさくてすみません」と断りを入れると、みんな一様に「まったく気にならないよ」と返してくれる。治療に必要なんだからお互い様、ということなのだが、嫌な顔ひとつする人がいないことがありがたかった。

しかし白血球100はすごい。ほとんど無防備状態だ。数値が上がるまでできるだけベッドにいること、病棟内は出歩いて良いが必ずマスク着用、と指示があった。
そして、夕方の検温で早速熱発。血培、マキシピームとトブラシンの点滴となった。G-CSF注(グラン300)も引き続き投与。


 ◆2015年10月23日(金) 4コース/day11
本日もG-CSF注(グラン300)投与。そして本日も熱発。まだ微熱だが、カロリー制限食がいよいよキツくなってきた。味覚障害、味も素っ気もないカロリー制限食、そして熱による食欲不振。三重苦では、さすがに完食はギブである。
肉まんのTさんと入れ替わりで入院してきたUさんが、よかったら、とみかんを幾つかくれて、食べてみたらすこぶる美味しい!あんまり美味しいので、これも味覚障害のせいかと思ったらそうではなくて、築地定松の厳選みかんなのだった。

◆2015年10月24日(土) 4コース/day12
日本シリーズ開幕。ホークスファンとしては応援したい気持ちでいっぱいだが、ビニールテントごしに観るテレビでは、何がなにやら。イヤホンのコードも届かず、応援はメールで友人に頼んで横になる。
熱もだんだん上がってきた。トブラシンはバンコマイシンに変更。食欲はなく、今日食べたのは朝食のヨーグルトとUさんのみかん2個のみ。病院食には手をつけられなくなった。以前は待ち遠しかった配膳車のカラカラカラ…という音も聞きたくない。これは相当追い込まれている。

◆2015年10月25日(日) 4コース/day13
血小板1.8で血小板輸血10単位。しかし白血球は1,500まで上がっている。熱も下がってくれると良いのだが、そうはいかず。いよいよ高熱が出るようになってしまった。夕方38.7℃、夜中39.0℃。バンコマイシン、マキシピーム、メロペネムを点滴。その合間にアセリオを点滴で入れてもらうと数時間は解熱するので、ちょっと人心地がつける。アセリオはカロナールと同じアセトアミノフェンでわたしにはとてもよく効く薬。しかし薬が切れるとまた熱が上がる。4年前、急性骨髄性白血病に倒れた父が病床で高熱と微熱を繰り返していたのを思い出す。

夕方、チーフのY先生がやってきて、CVを抜去しましょう、と言う。Y先生はわたしの担当医ではないが、いつも病室で声をかけてくれるやさしいイケメンドクターである。この日は日曜で、T先生の代わりに回診に来てくれたのだ。Y先生いわく、
「熱の原因は感染症ではなくて、G-CSF注の副反応かもしれない。しかし、原因が特定できない場合、不安要素(CV感染)を取り除くのは悪くないですから」なるほど、納得である。
G-CFS注を高容量で使うのは、来週予定されている幹細胞採取のため。熱の原因かもしれなくても、今やめるわけにはいかない。

◆2015年10月26日(月) 4コース/day14
「白血球上がったから、テント生活は終わりにしようか」とM先生。アイソレーターは撤去となった。しかし、熱は下がらず。朝38.4℃、夕方39.3℃。
午前中レントゲンとCT(造影なし)。あとはひたすら寝るだけ。抗生物質に解熱剤も加わって、点滴のオンパレードだ。

冷蔵庫はUさんが次々と補給してくれるみかんでいっぱいだ。冷えたみかんの美味しいこと。病院食は完全にアウトだ。みかんとヨーグルトで命をつないでいる。
アイスノンは看護師さんにもらっていたが、額も冷やしたい。と思っていたら、向かいのベッドのKさんが冷蔵庫に入れていた冷えピタを分けてくれた。これがまたすごく気持ちがいい。同室のみんなは「あのS口さんがご飯食べられないなんて!」と気を揉んでくれているのだ。

M先生は多忙なのに何度も来てくれる。腕をとって熱があるのを確認すると、わたしの膝のあたりをポンポンと叩いてニコッ。これはきっと「自分がついてるから大丈夫」のサインだ。と、勝手に解釈して涙腺崩壊しそうになるが、グッと堪えた。
T先生は「こんなに疲弊しちゃって…」と悲しそうな顔で布団の上から脛をさすってくれた。なんだかもう身内のような感じだ。先生たちばかりではない。看護師さんたちもみな一様に眉尻を下げて、担当でもないのに顔を出してくれたりして、すごく心配してくれているのがわかる。心がホカホカ温かいのは、熱のせいじゃない。

◆2015年10月27日(火) 4コース/day15
赤血球と血小板の輸血。熱は絶好調の39.6℃。ヤバい、40℃近い。そして病院食に手をつけなくなって5日目、みかんとヨーグルトしか食べてない。
「そろそろ栄養点滴始めましょうか?」とI先生。
「ちょっと考えます」と、いったん保留にしてもらった。どうしようかな…さすがに栄養不足だろうなぁ。栄養点滴してもらったら元気が出るかな。そう思った時だった。

本当にそれでいいのか?

自分の内なる声がはっきり聞こえた。今、食べる努力をしなかったら、本当の病人になっちゃうよ、と。あぁ、そうだった。わたしは考え違いをしていたらしい。


病室にやってきたT先生を呼び止めて、わたしはこう言った。
「先生、味覚障害もあってカロリー制限食が厳しいのです。今、どうせ全部は食べられないので、普通食に換えてもらえませんか」と。T先生は真顔で
「わかりました。すぐ連絡入れときますね!」そう言って急ぎ足で出ていった。
これでいい。まず自分の口からちゃんと食べよう。そして元気になろう!

夕方、解熱剤で微熱になったところでM先生から呼び出しがあり、面談室へ。T先生、I先生も一緒だ。
「G-CSF注(グラン300)ですが、今日の夕方と明日の朝は中止します」熱の原因は感染症とG-CSF注の副反応の両方だろう、とのこと。そして
「今朝の血液検査で、CD34陽性細胞はあまりいませんでした。明日も検査して増えていれば木曜日に幹細胞採取。増えてなければ採取は中止します」
M先生は、まだ諦めずにタイミングを見ると言ってくれるけど、状況はかなり厳しい。さらに、この状態(高熱続き)で血液を機械にかけるのは、かなりリスクがあるらしい。患者の希望は叶えてやりたいが、危険にさらすわけにはいかない。先生方も悩ましい表情だ。

M先生は今後のことも話してくれた。G-CSF注を中止して熱が下がれば退院してPET/CT、大腸と胃の内視鏡検査。部分寛解以上ならば、通院でリツキサン維持療法を開始する、とのこと。

なんとしても自家移植に進みたかったけど、ここまでやっても幹細胞は動員されなかった。ビニールテントは突破できたが、この治療の壁はそう簡単に乗り越えられそうにない。自分の身体が拒否しているのだから、仕方ない。やれるとこまでやって、ダメだったら切り替えて次にGO!だ。

病室に戻ると、夕食がやってきた。普通食になっている。さぁ反撃開始だ!

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奮闘の1週間





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